「セックスレス・カップル　 そんな中で大きなトピックのひとつが、「セックスレス・カップル」の急増である。じつはこの言葉と概念は、一九九一年の日本性科学会で私が発表し、使い始めたものだ。いささかショッキングな内容だったためか、マスコミにも盛んに取り上げられ、翌九二年からセックスレスを訴えて来院する人が急増した。潜在的に悩んでいる人が多かったのが、言葉の出現によって表に現れてきたということだろう。

　では具体的に、セックスレスというのはどのような状態をいうのか。九一年当時、私が日本性科学会で提唱した定義に学会でさらに検討を重ねて改定を施し、九四年日本性医学会で次のように定義した。「特殊な事情が認められないにもかかわらず、カップルの合意した性交あるいはセクシャル・コンタクトが一ヶ月以上なく、その後も長期にわたることが予想される場合、セックスレス・カップルのカテゴリーに入る」「一ヶ月」というと、「え？　 たった一ヶ月ないだけでセックスレスと見なされるのか」と、いささか疑問に思われる読者もいるかもしれない。ここで問題にするのは、いわゆる性交、性器的に結合するセックスだけではなく、からだの触れ合いやペッティングなどもない場合を指している。さらに、たとえば脚を絡ませて寝るだけで満足しているのならば、それでよいと思う。このように直接セックスに結びつかないボディ・コンタクトなども含め、一ヶ月にわたってそれらが見られない状態を含んでいることをお断りしておく。　 そして、これらのカップルは大きく「したくてもできない」群、「しなくてもいい」群に分けられる。「したくてもできない」群は、たとえば Ｅ Ｄや性欲低下障害、性嫌悪症など、カップルどちらかの性機能障害に由来する、いわば〈病気群〉で、これをグループ Ａとする。一方「しなくてもいい」からセックスレスになった〈無病」「群〉には、二つのタイプが考えられる。ひとつは「飽きた」「倦怠期」「もう年だから」などと、すでに諦めてしまっているグループ Ｂ、そして「二人の合意で」セックスしないグループ Ｃである。」



—『セックスレスの精神医学 (ちくま新書)』阿部輝夫著